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「サヨナラの意味」MVの意味を考察&解説。ますます徳山大五郎(嶋田久作さん)が好きになるぞ【乃木坂46】

【11/9 追記】『サヨナラの意味』発売となりました。オフィシャルの歌詞カードをつらつら読んでいたら、この記事のMV考察は、ものすごく重要な点を見落としていたようです…。長くなりそうなので、記事の最後に追記しておきます。

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乃木坂46の16thシングル、「サヨナラの意味」MVの内容についての考察です。自分の解釈と、ネット上で集めた解釈も参考に、MVを何度も見返した考察&解説です。

結構長く、いつもよりかなり真面目に取り組みましたので(いつも真面目にやれ)、少し堅い文章になってしまいますがご容赦ください。

だいたい5~7分で読めます。

それではいきます。

 

 

人と棘人(しじん)

まず、人と棘人の関係。橋本奈々未の父親(であろう人)も語っているように、かつて人と棘人は争っていました。

経緯は分かりませんが、その争いも今は昔の話となり、現在、人と棘人は共存しています。

棘刀式(しとうしき)は、その象徴となる儀式です。

ただし、それは見かけ上の話で、桜井玲香の発言や「棘人注意」の張り紙から、世間的には明らかに、差別が存在しているのが分かります。

 

儀式としての棘刀式(しとうしき)

その差別は、棘刀式(しとうしき)の儀式そのものにも表れています。

“人が棘人のトゲを切り落とす”という行為そのものが「人にとって危険なものは排除する」という意味になるので、明らかに人の側が棘人を劣等として扱っています。

棘刀式(しとうしき)は、あくまで儀式的なものであって、本当の意味で人と棘人は共存していないのでしょう。

むしろ

「人は棘人より優位だ」

という社会通念があると、ここからは推測されます。

 

西野七瀬という“人”

その差別的な社会通念に疑問を覚えているのが、棘刀式の人側の代表、西野七瀬です。

普通の人にとっての棘人は、桜井玲香の「あの人たち」という言葉にも表れている通り、あまり関わりたくない人種です。

しかし、西野七瀬は棘人に興味・関心を持ち、理解したいと思っている。

だから棘人の本を読んでいます。

 

棘人の本を読む西野七瀬

この本のタイトルは「棘人とネコ」で、何でネコなのかは分かりませんが、とにかく棘人について書かれた本なのは間違い無い。

西野七瀬は棘人について理解したい…もっと端的に言えば仲良くなりたいと思っている。「人だから」「棘人だから」という垣根をこえて、普通の同じ人間として関わりたいと思っています。

けれども、棘人のトゲは怖い。

だから冒頭(2:11あたり)橋本奈々未との握り手を躊躇してしまう。 


乃木坂46 『サヨナラの意味』

 

棘人・橋本奈々未

一方、棘刀式の棘人側の代表、橋本奈々未も西野七瀬と同じ(と思われる)本を持っており、西野七瀬と同じように、人と仲良くしたいと思っている。

けれども、握り手を躊躇されたことに、

「やはり棘人は嫌われるのだ」

という思いを抱き、その怒りや悲しみ、様々な感情がないまぜになって、その場を立ち去ります。

 

青と赤、ふたつの本

棘刀式の練習で、橋本奈々未の妹、斎藤飛鳥が西野七瀬をトゲで傷つけてしまいます。

橋本奈々未はその責任を感じ(たのだと思う)、西野七瀬に絆創膏を渡したところから、二人の交流が始まります。

人と棘人、いや、その垣根を超えた、二人の人間の絆と言ってもいいかもしれません。

その絆の象徴が、二人が読んでいた青と赤、ふたつの本です。

 

棘人側の本

この本「棘人とネコ」は、青い方が人側、赤い方が棘人側から書かれた本だと推測されます。

橋本奈々未が持っていた赤い本、つまり棘人側の本には、棘人と人とが手を取り合っているイラストが描かれており、イラストの端には「帝都」と文字が書かれています。

これは、帝都では「人も棘人も手を取り合って共存している」ということを意味します。

人と仲良くなりたい、差別なく人間として関わりたいと願っている橋本奈々未が、帝都ユキの切符をそこに忍ばせておいたのも、帝都に行けば、その願いが叶うと思うから…でしょう。

【追記】この帝都ユキの切符は、父が昔、帝都に行きたくて忍ばせておいた切符だったのではないか?というツイートを見ました。なるほどです。益々ドラマが広がるなぁ…。

あと、「棘人とネコ」のネコも、嶋田さんが猫好きだからという話も。

それから、帝都は、嶋田久作さんが出演されていた映画「帝都物語」にかけている?というお問い合わせもいただきました。これも多いにありそうですね!(問い合わせにメアドが書かれてなかったので、記事内で言及させていただきました。)

【追記ここまで】

そしてここで、一つの仮説。

人は棘人を嫌っているが、棘人は、人と仲良くなりたいのではないか?

だから、帝都で人と棘人が手を取り合っているイラストは、棘人側の赤い本にしか描かれていなかったのではないか?

だからPV冒頭、2:05あたりの棘人・白石麻衣と松村沙友理は、人に屈託なく笑いかけているのではないか?

【追記】仲良くなりたい…というより、人も棘人も同じ人間でありたいという、棘人側の切ない願望なのかもしれません…。棘人側は対立は望んでおらず、人より優位に立ちたい…という欲望もない。

けれど人側は、棘人を一方的に差別している。

この構図で人側の傲慢さを表しているのだとしたら、強烈な社会的メッセージだと思います。【追記ここまで】

さらにここで重要なのが、橋本奈々未の父(ということにします)、嶋田さんです。

 

父はなぜ娘にあそこまで怒るのか?

4:09あたりから、人側の青い本を取り上げ、橋本奈々未に怒りをあらわにする父。なぜ、あそこまで怒るのか?

この父親は人と棘人の儀式を取り持つ役で、棘刀式の練習の監督もしています。本来、人と共存することに対しては肯定的な立場のはずです。

でも、人と関わろうとする娘を怒鳴りつける。

なぜか?

 

父親のやさしさ

これはおそらく、自分の経験から怒るのではないか?と思います。娘に同じ思いをさせたくない、親のやさしさなのではないか?

つまり、棘人である父親も昔、人と仲良くなりたいと思った過去がある。先ほどの通り、人は棘人を嫌っているが、棘人は、人と仲良くなりたい…から。

けれども、何らかのすれ違いや、差別の壁、もしくはやはり自分の体のトゲで、相手を傷つけてしまい、自分も深く傷ついた。

棘人はその棘ゆえに、やはり人とは相容れないのだ…という強い思いを抱いており、人と仲良くなろうと思うことは、結果的には自分が傷つく事になると経験上知っている。

だから、娘が人に歩み寄る姿に黙っていられなかった。のではないか?

人と関われば、娘は確実に傷ついてしまう…。

だからあんなに、娘を怒ったんだと思います。

 

 

 

水辺を走る電車

父親とのいさかいの後、橋本奈々未はひとり、雨の中たたずんでいます。このPVのハイライトとなるシーンですね。

ここで水辺を走る電車が出てきます。

これが謎で、今でもはっきりとは分かりませんが、この電車が「帝都ユキ」の電車だとしたら、橋本奈々未は帝都ユキの電車を遠く見送っていることになります。

父親に、人と仲良くすることを否定されたなら、いっそ帝都に行ってしまえばいい。けれどもそうはせず、その電車を泣きながら見つめている。(単に切符が無いという話もありますが…)

西野七瀬との出会いで、人と棘人は仲良くできるかもしれない…と思っていたのに、父親が否定してきたことで、大きな葛藤が生まれているから。

人と棘人が共存できる帝都に行きたい…けど、そんなのは幻想なのだろうか?結局人と棘人は、相容れないものなのか?…という葛藤。

だから、そこでは立ちすくむことしかできない。

その姿を見つめるのが、西野七瀬。

足下はぬかるみ、湖をわたって橋本奈々未がたたずんでいる場所に行くことはできません。

ここは人と棘人との、相容れない間柄を象徴しているようで、切ないシーンです。

 

紙ヒコーキの行く先は…

その直後の棘刀式で、西野七瀬は橋本奈々未の顔にかかっていた儀式用の紙を、紙ヒコーキにして飛ばします。

この紙ヒコーキの行く先は、帝都なんでしょう。

実際に、一緒に帝都に行くかどうかは別として、

「人と棘人が共存する場所」

を、自分も求めている。一緒に行こう。…というメッセージなんでしょう。

つまりそれは、西野七瀬の橋本奈々未に対する、あなたと仲良くなりたいというメッセージです。

だから、儀式の前の握り手では躊躇してしまったその手を、今度は強く握る。

その手にトゲがあろうとも… 

 

アイヌ民族との関連性

最後のダンスシーンの衣装は、どうもアイヌ民族の服装がモチーフのようで。アイヌと言えば北海道。北海道と言えば橋本奈々未。

ななみん卒業センターで、アイヌ民族というのは合点がいきます。

さらに、アイヌと言うと、悲しい差別の話も聞いたことがあります。PVの内容は、このアイヌ民族の話もモチーフになっているのかもしれません。


乃木坂46 『サヨナラの意味』

※民族衣装っぽいと思ってましたが、アイヌがモチーフだったんですねぇ

 

なぜ橋本奈々未はいなくなるのか?

で、最後に橋本奈々未の姿が見えなくなるのは、なぜなのか?が最大の謎ですね。帝都に行かなくても、この村で人と共存できたのに…です。

最後のシーンでは、二人とも普段着ですね。

冒頭は青と赤の服をそれぞれ着ていて、人と棘人との壁を感じさせましたが、最後は二人とも普段着でした(なぁちゃんは少し青いけども)

つまり、二人は人と棘人という間柄ではなく、普通の友達になった。と解釈できます。

だけど…

橋本奈々未の姿は見えなくなる…

なぜ?

 

サヨナラの意味

で、まぁ色々考えたんですが、ここはやっぱり、橋本奈々未がその場を去る「サヨナラの意味」を、各々が考える…というのが一番収まりが良いのかなぁ…と思います。

ななみんが卒業するという「サヨナラの意味」は、皆がそれぞれ考えて、感じるものだよね…と。

考察・解釈が当たっているかどうか…は分かりませんし、本当の意図は制作者の方にしか分かりませんね。

 

サヨナラの意味の解釈

ひとつ言える事は…今回初めてここまでがっつり考察・解釈を進めてみると…

このMVがより一層感動的に思えるのは間違いない…ということですね。

そして何より、最初のうちは嶋田さん、なんであんなに怒ってんの?と、ぽかーんだったんですが(情緒がないねぇ)、親のやさしさ説で考えると……

 

嶋田さん…涙

 

と、一気に泣けるシーンに変わりました。

解釈の仕方によって、こうも映像の魅力や面白みが増すものか…と、勉強になりましたね。なんか優等生みたいに終わっちゃってつまらないので、最後に一言…

微妙に肩が出てる衣装ってなんかエロいよね!(台無し)

 

CD発売後に見直した Re:考察

はい。まず、私、ビデオだけ見て考えてました。歌詞の内容を全く考えていませんでした。歌詞カードを見ながら、DVDでじっくりと味わっていたら…あれ?私が書いた考察、てんで違うんじゃね?と、思わずセルフツッコミを入れてしまいました。

歌詞の中の二人

というのも、この歌詞の内容は、そのまま橋本奈々未と西野七瀬の関係(劇中の)に当てはまるんじゃないかなぁ…と思いまして。二人は知り合って、仲良くなったけど、ななみんはいなくなった。始まりはいつだって  そう何かが終わること、だと。

特に、ずっと気になってたのが「後ろ手でピースしながら…」という箇所。ここの歌詞は、発売前にネットで書き起こして下さってた方がいて、それを見ると「後ろ手でミス…」になってたんです。

よく聞き取れなくて、確かに「ミス」に聞こえるなぁ。意味的にどういうことなんだろ?…と、ふんわりと思ってたんですね。で、「ピース」って、ピースサインだと思いますが、後ろ手でする意味って謎です。

後ろ手でピース

別に正面でピースすればいいんじゃないでしょうか?「じゃあね~。ピースピース」っつって(軽すぎ)。で、この後ろ手でピースする場面を思い浮かべると、ななみんがなぁちゃんに向かって、後ろ手でピースするシーンが思い浮かびます。

電車に乗り込むななみんが、なぁちゃんに背中を向けて、後ろ手でピースする。これってどういうことかっていうと、ななみんは電車に乗って、帝都に行くっちゅーことですよね。

しかも、ここが超重要で、というか今までの長い長い考察が、 根底から覆っちゃうところなんですが、ななみんにとって帝都は、行きたくないけど、行かなくちゃいけないところ…なんじゃないかと。

帝都ユキと東京タワーの意味

本の挿絵に「帝都」と書かれてあったとこの考察では書いたんですが、よく見たら「帝都ユキ」の切符が挟まってただけでした。つまり、この挿絵のキャプション(説明)ではない。

人と棘人の二人の少女が、手を取り合っているのをちらっと見て、帝都をユートピア的にとらえたのがそもそも間違いでした。

この挿絵の二人の表情を見ていませんでした。

とっても悲しげです…。これはもう、人と棘人の悲しい別れ、つまり「サヨナラ」のシーンを描いているんでしょう。

挿絵の東京タワーは帝都にある建造物で、東京タワーがある都=東京、つまり私たち「人」側を象徴する街として、描かれているんじゃないでしょうか。そうなると、棘人の橋本奈々未が帝都に行くのは、何かある種の覚悟のいることなんだと思います。

例えば、ななみんは棘人側でも特別な存在(巫女さんみたいな)のように描かれているので、人側の都=帝都に行って、何かしら棘人にとっては辛い、本式?(村の儀式は前式で。)のようなものをしなきゃいけない…とか。

あるいは、誰か偉い “人” との政略結婚とか。例えばね。

そう考えると父親の嶋田さんは、「ななみには帝都に行ってもらわな  ホンマ困るでしかし~」(コミカルが過ぎる)と思っている可能性もあって…

なんだよ。徳山。全然いいやつじゃないじゃん。

なんて、勝手に解釈しといて、勝手にけなすという暴挙に出ております。

本当の気持ち

歌詞の中では、二人の別れが描かれています。サビの歌いだしのフレーズにも表れているように、この曲のメッセージは「サヨナラに強くなれ」ですよね。

別れは悲しいけど、前を向かなきゃいけない。まぁ、ななみんも後ろ手でピースしながら歩きだせるはずだから、悲しいけれど、この先の未来へ行こう、と。

サビ終わりの「愛に代わるもの」がよくわからなかったんですが、ななみんとなぁちゃんの関係性を表した歌詞だとすると、これは人と棘人との間、人種をこえても結ばれるいわゆる「絆」だと思います。

あ、書き忘れてましたが、そもそもこの歌詞の「僕(男性)」が なぁちゃんで(『七瀬が男役かぁ…』by いくちゃん)、「君(女性)」がななみん。

「守りたかった」というのは、男性の目線、つまりなぁちゃんの想い。そして、最後にななみんがいなくなってしまったのは、やっぱり帝都に行ってしまったからかな…。

ななみんの顔にかかっていて、最後になぁちゃんが紙飛行機にして飛ばした紙細工。あれ、最後のシーンで、なぁちゃんの足元に落ちてます。

飛ばしたはずの紙飛行機が…。

この紙細工は、ななみんの顔にかけらている所を見ると「差別の象徴」のようなものなのかな?と思います。

それが、戻ってきてしまった。

“君” を、差別から守れなかった…と。

ずっとこの曲は、「サヨナラに強くなれ」と言っているけど、これは僕が自分に、つまり、なぁちゃんが自分自身に、必死で言い聞かせている歌なんじゃないか。

なぜかっちゅーと、最後の最後、3番のサビの歌詞の最後には、1番には無かったこんなフレーズが入ってくるから。

 

 

 

 

本当の気持ち問いかけた 

 

 

 

 

 

失いたくない

 

 

 

 

 

なぁちゃんは、「失いたくない」という気持ちがあるけど、ずっとずーっと言い聞かせている。サヨナラすることが、二人の未来のためなんだ、と。

でも、それは理屈で。

何度言い聞かせても「サヨナラの意味」が見つからない。だって本当の気持ちは「失いたくない」んだから。サヨナラする理由が見つからないんです。

いわゆる、頭では分かってるけど、気持ちがついてこない。みたいな感じ。【追記】これを、卒業するななみんと自分に当てはめて想像(妄想)すると、当社比5倍で泣けます。

なんか、ありますよね。そういうの。本当の気持ちは『行かないで』だけど、それを絶対言っちゃいけない場面っていうのが…。

大事な男性の夢を応援するために、本当の気持ちを伝えられない恋人の女性とか。お子さんの成長のために、遥か遠くへ送り出す親御さんが、本当の気持ちを口には出せない…とか。

本当は、失いたくない。君が好きだけど、ちゃんと「サヨナラ」を言わなくちゃいけない…。だけど、簡単には割り切れない。だから、サヨナラに強くなれ、振り向くなと、自分自身にずっと言い続けている。

でも、だけども、その「サヨナラ」の意味を、どうしても考えてしまう…。もっと言えば「サヨナラ」“しなきゃいけなくなった” のは、自分が守れなかったからだ…という後悔もあるのかもしれません。

さらに掘ってくと、サヨナラの意味の自分の中の答えが「失いたくない」だったとしたら、なぁちゃんがここから、帝都に行く…なーんてストーリーも?さすがに妄想か。

まぁそもそもこの解釈だと、別れたはずのななみんの家に、再度なぁちゃんが来るのはおかしいとか、劇中に当てはめると矛盾いっぱいあるので、なんというか、あくまでイメージの話といいますか…。

あぁだめだ…。

自分で書いてて想いが入りすぎて泣きそうなのでこのへんで終わりにします。それでは皆さん、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ

【12/28 追記】改めてMV見た感想書きました。
オタクとアイドルとビジネスの関係。「サヨナラの意味」 改めての感想です。

【追記】乃木坂MV考察シリーズとして、カップリング曲「あの教室」「ブランコ」も深読み考察・解説してみました。

blueroll.hatenablog.com

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「サヨナラの意味」は11月9日(水)発売。タイプごとのジャケット、収録内容、店舗ごとのオリジナル特典の違い等を、下記記事にまとめております。

blueroll.hatenablog.com

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【10月 追記】トゲが出るのは、怒ったときとか感情的になった時という解釈を見つけて、なるほどなぁと思いました。だから最後の手のアップはトゲが無くなってる…のかも。

あと、紙ヒコーキは歩きや電車じゃなくて、違う方法もあるんだよ…というメッセージだという説も?ヒコーキなら、人と棘人の間の水たまりも飛べる…的な。

あと、かずみんがななみんを見て、「初めて見た」という発言は、棘人である齋藤飛鳥が人と同じ制服を着ていて、少なくとも棘人と人は同じ学校に通うくらいの共存はしているのに矛盾じゃない?という話もあり。

ですがこれは、ななみんは巫女さん的ポジションだから、一般人は話にしか聞いた事無い…とか、解釈は色々あるようです。

【10/26 追記】Twitterにて、紙ヒコーキにして飛ばす、切り絵の紙の意味についてご質問をいただきました。私の見解を埋め込んでおきます。

 

 

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